登別温泉と第一滝本館の歴史

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第一滝本館の創始者、滝本金蔵と登別温泉の出会い

登別温泉、発展の礎

温泉の効果はてきめんで見る見るうちに佐多の皮膚病は快癒しました。
そこで温泉への感謝とその効能を広く利用されるようにと、湯守の許可を取り湯宿を創築し温泉経営を始めました。これが「愛妻の湯」滝本の始まりです。
その大工の腕を振るって建てられた湯宿は吹きさらしのものでしたが、元来の利用者であったアイヌの人々や、硫黄山の労働者、さらには白老の仙台藩陣屋や南部藩出張陣屋の武士も訪れ、賑わいをみせたそうです。
また、同時期に金蔵は登別に駅逓所を設け、温泉開発のみならず漁場経営や農業開拓など多方面で活躍しました。

第一滝本館の創始者、滝本金蔵と登別温泉の出会い

金蔵が開湯した登別温泉は、現在では年間280万人もの観光客が訪れる全国有数の人気温泉地となりました。
一方、「湯もと滝本」は、幾多の変遷を経た後、1953年(昭和28年)に第一滝本館と旅館名を改め、金蔵のおもてなしの精神を受け継いで現在に至っています。

第一滝本館、自慢の湯を知る。

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